この記事の要点
- 受け取り順による節税のポイントは、退職所得控除の重複排除を外せるかどうか
- iDeCo一時金を先に受け取るなら、勤務先の退職金まで10暦年空ける必要がある
- 退職金を先に受け取るなら、iDeCo一時金まで20暦年空ける必要がある
- 可能性があるのは、退職金を70歳まで延ばせる人か、55歳前後で早期退職する人
- iDeCoは原則60歳から75歳までに受け取るため、60歳で退職金を受け取ると20暦年を空けられない
- 70歳まで働ける会社でも、定年や退職金の支給が70歳になるとは限らない
退職金とiDeCo一時金は、受け取る順番を変えると節税できるのでしょうか。
答えは「できるケースはある」です。この記事のモデルでは、iDeCoを60歳、退職金を69歳で受け取る場合と、70歳で受け取る場合で税額が約90万円変わります。
ただし、誰でも使える方法ではありません。節税できる可能性があるのは、受取時期を10年または20年離せる人です。
この記事では、2つの節税例を計算し、自分がその受け取り方を選べそうか確認できるように整理します。
結論:節税例はあるが、使える人は限られる
受け取り順を工夫した節税は可能です。ただし、実行できるのは退職金の支給時期が特殊な人に限られます。
節税できる可能性があるのは、主に次の2ケースです。
- iDeCo一時金を60歳で受け取り、勤務先の退職金を70歳以後に受け取れる
- 退職金を55歳以前に受け取り、iDeCo一時金を75歳まで待てる
1つ目は、iDeCo一時金を60歳で受け取り、勤務先の退職金を70歳以後に受け取るケースです。勤務先が退職金の支給自体を70歳まで延ばせる必要があります。
2つ目は、55歳以前に早期退職して退職金を受け取り、iDeCo一時金を75歳まで待つケースです。
一方、60歳で退職金を受け取る場合、75歳まで待っても15暦年しか空きません。必要な20暦年には届かないため、受取時期だけで節税するのは難しくなります。
受け取り順・受け取り時期によって税額が変わる仕組み
勤務先の退職金とiDeCo一時金は、どちらも退職所得として扱われるため、受け取り順と受取年の間隔によって控除額が変わります。
退職所得は、給与や年金とは別枠で計算します。基本の式は次のとおりです。
退職所得の金額 = (収入金額 - 退職所得控除額) × 1/2
退職所得控除額は、勤続年数やiDeCoの加入者等期間で決まります。
20年以下なら、1年につき40万円です。
20年を超える場合は、800万円に、20年を超えた1年ごとに70万円を足します。
たとえば勤続35年なら、退職所得控除額は1,850万円です。
計算式は、800万円+70万円×15年=1,850万円です。
iDeCoに20年加入していた場合の退職所得控除額は、40万円×20年=800万円になります。
この2つの控除を別々に使えれば、税負担を抑えられます。
ただし、勤務期間とiDeCoの加入者等期間が重なると、後で受け取る側の控除が小さくなることがあります。
たとえば、会社員として働いていた20年間にiDeCoにも加入していたとします。
この20年分について、勤務先の退職金でもiDeCo一時金でも同じ控除を丸ごと使えるわけではありません。
この調整を「重複排除」と呼びます。どこまで過去にさかのぼるかは、受け取る順番で変わります。
| 受け取る順番 | 後で受け取るお金 | 見る期間 | 要点 |
|---|---|---|---|
| 退職金→iDeCo | iDeCo一時金 | 19年 | 20年空かないと外れにくい |
| iDeCo→退職金 | 勤務先の退職金 | 9年 | 10年空くと外れる |
| 同じ年 | 退職金とiDeCo一時金 | 同一年 | 個別計算が必要 |
ここでいう9年・19年は、年齢差ではなく「受け取った年」で判定します。
たとえば2026年にiDeCo一時金を受け取り、2035年に退職金を受け取るとします。
この場合、2026年は「前年以前9年内」に入ります。
2036年に退職金を受け取ると、2026年はその範囲から外れます。
同じ「9年後」「10年後」に見えても、判定は暦年で行います。
なぜ多くの人には難しいのか
難しい理由は、iDeCoの受給期間が限られ、退職金の支給年も自由には動かせないためです。
iDeCoは原則60歳から75歳までに受け取る
iDeCoの老齢給付金は原則60歳から受け取れ、75歳までに請求する必要があります。
退職金を60歳で受け取ると、iDeCo一時金を75歳まで待っても15暦年です。退職金を先に受け取る場合に必要な20暦年を確保できません。
55歳で退職金を受け取る例を置いているのは、75歳までに20暦年を空けられる境界だからです。
70歳まで働けても、退職金が70歳支給とは限らない
70歳まで働ける制度と、定年や退職金の支給を70歳まで延ばせる制度は別です。
厚生労働省の2025年集計では、70歳までの就業確保措置を実施している企業は34.8%でした。ただし、内訳は継続雇用制度が28.3%で、定年引上げは2.5%です。
この統計は退職金の支給年を直接調べたものではありません。それでも、70歳までの就業機会の多くが、定年を70歳にする方法ではなく、継続雇用によって設けられていることが分かります。
たとえば60歳でいったん定年退職し、退職金を受け取ったあと、再雇用で70歳まで働くケースです。この場合、70歳まで働いても退職金の受取年は60歳のままです。
節税例1を使うには、単に70歳まで働けるだけでなく、退職金そのものが70歳以後に支給される必要があります。まず勤務先の退職金規程で支給時期を確認します。
試算の前提
退職金2,000万円、iDeCo一時金800万円、重複期間20年のモデルで税額を比べます。
| 項目 | 前提 |
|---|---|
| 勤務先の退職金 | 2,000万円 |
| 勤続年数 | 35年 |
| iDeCo一時金 | 800万円 |
| iDeCo加入者等期間 | 20年 |
| 重複期間 | 20年 |
税額は、所得税等と住民税を合わせた概算です。
所得税等は国税庁の退職所得の速算表を使い、所得税額に対する上乗せを含む係数として102.1%を掛けます。
この試算では、住民税を退職所得の金額の10%として概算します。
端数処理は実務と完全には合わせず、記事では万円単位に丸めます。
節税例1:iDeCoを先に受け取り、退職金まで10年空ける
iDeCo一時金を先に受け取り、退職金まで10暦年空けられる人は、重複排除を外せる可能性があります。
2026年以後の老齢一時金では、「前年以前9年内」が境界になるためです。
モデルケースでは、iDeCoを60歳で受け取ったあと、退職金を69歳で受け取るか70歳で受け取るかで税額が大きく変わります。
| iDeCo受取 | 退職金受取 | 税額概算 | 差額 |
|---|---|---|---|
| 60歳 | 69歳 | 約100.8万 | +89.5万 |
| 60歳 | 70歳 | 約11.3万 | 0万 |
60歳で受け取ったiDeCo一時金は、69歳で退職金を受け取ると「前年以前9年内」に入ります。
そのため、退職金側の退職所得控除から、iDeCoと重なった20年分の控除が差し引かれます。
この前提では、退職金2,000万円に対する控除が1,850万円から1,050万円に減ります。
退職所得の金額は、次のように変わります。
(2,000万円 - 1,050万円) × 1/2 = 475万円
一方、70歳で退職金を受け取ると、60歳で受け取ったiDeCo一時金は「前年以前9年内」から外れます。
退職金側の控除は1,850万円のまま使えるため、退職所得の金額は75万円です。
(2,000万円 - 1,850万円) × 1/2 = 75万円
この差が、所得税等と住民税を合わせて約90万円の節税につながります。
この受け取り方が使えるのは、勤務先の退職金が実際に70歳以後に支給される場合です。60歳で退職金を受け取り、その後も再雇用などで70歳まで働く場合は、退職金の支給年は60歳のままなので、この例には当てはまりません。
節税例2:55歳で退職金を受け取り、iDeCoまで20年空ける
55歳以前に退職金を受け取れる人は、iDeCo一時金を75歳まで待つことで重複排除を外せる可能性があります。
iDeCo一時金を受け取る年の前年以前19年内に退職金を受けていると、重複期間が退職所得控除から差し引かれます。
モデルケースでは、55歳で退職金を受け取ったあと、iDeCo一時金を74歳で受け取るか75歳で受け取るかで税額が変わります。
| 退職金受取 | iDeCo受取 | 税額概算 | 差額 |
|---|---|---|---|
| 55歳 | 74歳 | 約77.2万 | +65.9万 |
| 55歳 | 75歳 | 約11.3万 | 0万 |
55歳で受け取った退職金は、74歳でiDeCo一時金を受け取ると「前年以前19年内」に入ります。
この前提では、iDeCo側の退職所得控除800万円から、重なった20年分の控除が差し引かれます。最低控除額80万円を使うと、iDeCo一時金800万円に対する退職所得の金額は360万円です。
(800万円 - 80万円) × 1/2 = 360万円
74歳で受け取る場合、iDeCo一時金だけで税額は約65.9万円になります。退職金2,000万円の税額約11.3万円と合わせると、合計は約77.2万円です。
75歳まで待つと、55歳で受け取った退職金から20暦年空きます。退職金が「前年以前19年内」から外れ、iDeCo側の控除800万円を使えるため、このモデルではiDeCo一時金の税額は0円です。
合計税額は約11.3万円となり、74歳で受け取る場合との差は約65.9万円です。
この例は、退職金を比較的早く受け取れる人が対象です。20年後まで現在の制度が続く保証はないため、将来の節税額を確定できる受け取り方ではありません。
自分が対象になるか確認する
節税できる可能性があるかは、働き終える年ではなく、2つの一時金が実際に支給される年で判断します。
自分の条件は、次の順番で確認します。
- 勤務先に、退職金が実際に支給される年を確認する
- 定年時に支給されるのか、再雇用終了時などに支給されるのかを退職金規程で確認する
- iDeCo一時金を受け取れる最も早い年と、75歳までの請求期限を確認する
- ほかの退職金や企業年金の一時金も含め、受取年を時系列に並べる
- iDeCoが先なら10暦年、退職金が先なら20暦年空くかを確認する
- 勤務期間とiDeCoの加入者等期間がどれだけ重なるかを確認する
必要な年数を空けられない場合は、iDeCoを一時金だけで受け取る前提に固定せず、年金受取や一時金との併用も比較対象になります。
結局、どう受け取ればよいか
勤務先の退職金を70歳まで延ばせない人は、受取時期だけで節税しようとしないことが現実的です。
iDeCo一時金を遅らせれば、その間は運用結果にさらされます。
逆に早く受け取れば、老後前半の生活資金には余裕が出ます。
ただし、その後の資金管理は自分で行う必要があります。
勤務先の退職金は、会社の規程によって支給時期が決まります。70歳まで働けても、退職金を60歳で受け取るなら節税例1には当てはまりません。
55歳前後で早期退職する予定がなければ、節税例2にも当てはまりにくくなります。その場合は、iDeCoの一時金受取、年金受取、両方を組み合わせる方法を比較します。
受取年と重複期間を確認したうえで、税額差と生活資金の必要時期を分けて考えます。最後に、支払者や税理士等へ実際の手続き上の扱いを確認します。
この記事の試算は、一般的な制度理解のためのモデルです。
個別の税額を断定するものではありません。
節税額は人によって変わる
受け取りをずらしたときの節税額は、退職金の金額や加入期間、受取年によって変わります。
どの人でも、1年ずらせば税額が下がるわけではありません。
退職所得控除の重複排除は、次の要素で変わります。
- 勤務先の退職金の金額
- 勤続年数
- iDeCo一時金の金額
- iDeCoの加入者等期間
- 勤務期間とiDeCo加入者等期間の重なり
- 受け取る年
- 過去に別の退職手当等を受け取っているか
さらに、前に受け取った退職金が、その退職金に対応する退職所得控除額より少ない場合は、重複期間の計算が調整されます。
つまり、10年または20年空ければ、必ずこの記事と同じ金額を節税できるわけではありません。
この他に注意すべきこと
この記事では、退職金とiDeCo老齢一時金を一時金で受け取る場合の重複排除に注力していますが、実際の受け取り方を考えるうえでは次の項目も大切です。
- iDeCoを年金で受け取る場合の公的年金等控除
- 一時金と年金を組み合わせる場合の比較
- 特定口座・NISAを含めた取り崩し順序
- 住民税非課税の判定
- 国民健康保険料や介護保険料への波及
- 短期退職手当等や特定役員退職手当等の特例
- 退職金規程や企業年金規約ごとの個別差
※年金で受け取る場合は、公的年金等控除の枠で考える必要があるため、この記事の税額表とは前提が変わります。
FAQ
退職金とiDeCo一時金は、同じ退職所得ですか
はい。勤務先の退職金だけでなく、確定拠出年金法に基づく老齢給付金として支給される一時金も、退職所得とみなされます。そのため、退職所得控除を使って税額を計算します。
退職金とiDeCo一時金は、どちらを先に受け取るほうが有利ですか
一律には決まりません。税額は、受け取る年、退職所得控除の重複期間、金額、勤続年数、iDeCoの加入者等期間によって変わります。生活資金や勤務先の規程も関係するため、税額だけでは順番を決められません。
19年ルールとは何ですか
退職金を先に受け取り、後でiDeCo老齢一時金を受け取る場合に効くルールです。iDeCo一時金を受ける年の前年以前19年内に退職金を受けていると、退職所得控除の計算で重複期間が差し引かれます。
2026年以後は何が変わったのですか
iDeCo老齢一時金を先に受け取り、後で勤務先の退職金を受け取る場合に、前年以前9年内の老齢一時金が重複排除の対象になります。従来の「5年ルール」だけで考えると、2026年以後の受け取りでは古い理解になる可能性があります。
同じ年に退職金とiDeCo一時金を受け取る場合はどうなりますか
同じ年に複数の退職手当等を受け取る場合は、計算が別になります。支払者ごとの源泉徴収や申告書の扱いも関係するため、この記事のモデル試算には含めていません。
60歳で退職金を受け取る場合、iDeCoを遅らせれば19年ルールから外れますか
現行制度では難しいです。iDeCoは75歳までに受給を請求する必要があるため、60歳の退職金から20暦年を空けられません。受取時期だけで19年ルールを外す方法ではなく、一時金・年金・併用を比較する必要があります。
70歳まで働ける会社なら、退職金も70歳まで延ばせますか
必ずしも延ばせません。70歳までの就業機会には、定年引上げだけでなく、定年後の継続雇用なども含まれます。60歳などで一度退職金が支給され、その後に再雇用される場合は、退職金の受取年を70歳に動かしたことにはなりません。
出典
- 国税庁「退職金を受け取ったとき(退職所得)」
- 国税庁「退職手当等に対する源泉徴収」
- 国税庁「退職所得の源泉徴収税額の速算表」
- iDeCo公式「給付について」
- 厚生労働省「確定拠出年金制度の概要」
- 厚生労働省「令和7年 高年齢者雇用状況等報告」
- 財務省「令和7年度税制改正の大綱」
更新履歴: 2026-09-16 ドラフト作成 / 2026-09-16 最新執筆規約・フィードバック反映ガイドに合わせて更新 / 2026-09-18 「受け取り順で節税できるか」を軸に、結論・仕組み・難しい理由・節税例・自己判定の順へ全体を再構成。節税できる2ケースの図解を追加。国税庁・財務省・厚生労働省・iDeCo公式で制度の現況を確認。
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